自殺したいって思うことは本当におかしいことなのか?

僕は教育、心理という仕事柄、自殺したいという学生の相談を受けることがたまにある。数年前の話だが、ある中学生の女の子が自殺したいと言ってきた。

自殺したいと相談してきた学生

僕は表情分析家でもあるので、その子が本心からそう言っていることは容易にわかった。表面上は冗談めかして言っていたが、悲しみを示す微表情が出ていたから本心から言っていることに気づいた。

周りの先生方は「〇〇ちゃん元気そうだね。」と僕に言ってくるが、「どこが?」と思っていた。ちなみにこの周りの人との認識と僕の認識が大幅にずれているパターンは未だ一番多い。

当時僕は表情分析を学び出した頃で、しかも学校ではなくちょっと特殊な公的機関でボランティアをしており、そこで出逢った生徒だった。1年間一緒に過ごしたが、どう考えてもこのままだと自殺するだろうと僕の直感が警報を鳴らしていた。

当時まだ経験が浅くどうしていいかわからなかった僕の出した答えは、自己犠牲だった。具体的には言えないが、結果、教育委員会から軽い処分を受けることになった。けれどこの僕の行動は僕の狙い通り、自分を守ってくれるという暗示としてその子に入り、結果として未だに彼女は生きている。

自殺したい人の感性がまとも

自殺したいという人は多い。日本人の死因の上位に自殺がきていることがそのことを如実に表している。テレビでは専門家が出てきて自殺の原因について科学的な根拠をつけながら人ごとのようにしゃべっている。本当にしょうもない話だ。

人間の心というものはそもそも科学で測れるシロモノではない。脳科学者や心理学者たちが心は物質だと主張したところで、それは証明できないから根拠がない。科学者たちの論理からいくと証明できないものは存在しないものだから、あなたたちが心を科学で証明できない以上、心は論理的に科学で測れないものだ。

科学が絶対なんてとんでもない勘違い。むしろ科学で証明できないものがほとんど。だからあなたが自殺したいと思っていたとして、それを科学的に説明されたとしても放っておけばいい。あなたの苦しみはそんなやつらにわかるものではないから。

なぜあなたが自殺したいと感じるのか僕には到底わからない。明確な理由があるのかもしれないし、ただ何と無く死にたいという無力感を感じているのかもしれない。

生きていることが正しいのか、あるいはあなたのように死にたいと感じるのが正しいのか?それも僕にはわからない。なぜなら、今の世の中というのは僕は人の痛みを忘れた時代だと思うから。科学的でないものは受け入れない。なんかそういう風潮を感じる。

自殺したいと感じるのはあなたの感性がまともなんだと思う。僕らは悲しい事件や苦しいことがあっても自分の感情を押し殺して笑顔で過ごさなければいけない環境で育ってきた。小さい頃から空気に合わせて自分を押し殺して生きてきた。

こんな状態で苦しくないという人の方が僕は感性がおかしくなっていると思う。だから今の時代が生きづらくて、死にたいと感じているあなたの感性はまともなんだと思う。

死は「無」

昔の自分なら死にたいという人に「死んだらダメだよ」って当たり前のことを言っていただろうし、それが正しいと思っていた。けれど何人かの生徒から「死にたい」という相談を受ける内に、死にたい人達の方がまともなんじゃないかと思うようになってきた。

だから、死ぬなとは言いたくないし、僕に言う権利もないと思う。親が悲しむ、周りが悲しむとかも気にしなくていいと思う。けれどあなた自身はどう思っているのか?と僕は思う。確かに死んだら楽なのかもしれない。けれどあなたと言う存在がこの世から消え無になるのもまた事実。

一応、あの世とか天国とかはあるかわからないから、多分無になるんだろうけど。無になることが楽かどうかも僕にはわからないし、本当はそっちの方が苦しいのかもしれない。それは死んでみないとわからない。

死ぬのは正しいのかもしれないし、正しくないのかもしれない。それはわからないけど、無になってなにもなくなるぐらいなら読書するとか映画観るとか楽しいことやりまくってからでもいいんじゃないかとは思う。

 

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