不登校を治すための2つのポイント!「観察」と「ユーティライゼーション

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不登校を治すための2つのポイント!「観察」と「ユーティライゼーション

この記事は子供の不登校に悩んでいる親、あるいは教育関係者や臨床心理士の先生に向けて書いた。なぜ僕が不登校の治し方を伝えられるかと言うと、経験があるから。それ以外の理由は特にない。

僕が不登校の子供たちとかかわってきて率直に感じるのは、周りの大人たちがいかに子供のことを見てないか。毎日毎日このような光景を見ることは僕にとって非常につらいものだ。教師も臨床心理士も子供のために必死で関わっている。それは間違いない。けれど怒りを感じるぐらい子供のことを観察できていないしわかってない。これでは日本から不登校がなくなることはないなと日々実感している。

本来、僕は教育の話については書きたくない。でも、あまりにも酷すぎる現状にこの記事を書く必要性を感じた。あなたが親なら親の育て方の常識とはまったく異なることが書かれているかもしれない。あなたが教師なら教育現場ではありえないような関わり方が書かれているかもしれない。あなたが臨床心理士なら何の理論も科学的証拠もない話かもしれない。

けれど、もし本当にあなたが不登校の子供をなんとかしたいと思っているならば、どうかここに書かれていることをじっくり読み、何度も読み返し自分のものにしてほしい。もしあなたがどこに苦しんでいる本人なら、僕は「大丈夫」と言いたい。あなたのその感覚というのはいたって正常だ。おかしいのは僕たちの感性の方だ。僕たちは優しさや人の痛みというものを感じる感性を失ってしまった。けれど君はその感性を持ち合わせている。君が1番人間らしい。そして、その君の特性は今後必ず君と同じように苦しんでいる人たちの役に立つだろう。

不登校は問題か?

先日、臨床心理士の人の研修に行ってきた。「不登校の子たちは皆問題を抱えているから、その問題をどのように解決してあげるかということを念頭において私達カウンセラーは接しています。」僕が「問題ありきで接するっていうのはどうかと思いますけど?」というと、その研修会場は凍りついた。

この臨床心理士だけじゃなくて、世の中のほとんどの人は「不登校=問題児」という認識だろう。実際、教育関係者の人でも彼らのことを社会不適応者と呼んでいることをよく聞く。けれどここで考えて欲しい。彼らは本当に問題児なのか?僕はそうは思わない。むしろ問題児なのは一般の人たち。

身近でたくさんの悲惨な事件が起きたり、いじめに苦しんでいる子がいたり、そういう状況でも平気で弁当をたべていられる。そういう僕たちのほうが頭がおかしい問題児じゃないのか?感覚が麻痺した人間ではないのか?

その点、彼らは人の痛みに敏感で空気を読みすぎて疲れたり傷ついたり。僕は彼らのほうが正常な感覚を持っているんだと思う。それを社会不適応者と呼んで片付けてしまっていいのだろうか?僕には甚だ疑問だ。まずは問題児では無い。普通の子だ。と思うところから始めてほしい。

その上で彼らの課題に一緒に取り組んであげる。そういう姿勢を持って接してあげてほしい。

観察

観察は決定的に欠けている要素の1つ。みんな観察が下手。本当にひどい。ある女の子を担当したときの話だが、その子は表情の統制が上手い女の子だった。いつも笑顔で、明るく人とよく話もする。だからみんな「〇〇ちゃんは大丈夫そうだね。」とその子に会うたびに言っていた。表情が統制されていることにすら気づいていない。

僕は初めてその子にあったとき、「この子は自分の技術で何とかできるかな?」と正直心配になるほど難しいケースだと思った。プライバシーの関係で具体的なことは書けないのだが、いわゆるトラウマを抱えている子供だった。それも特大のトラウマを。これは僕の最初の見立てだが、後にその子と話をする中でその子が大きなトラウマを抱えていたことがわかった。

僕がなぜこの子は難しいケースだと気づいたかというと、表情の統制がかなりうまかったからだ。通常、子供はそんなに表情の統制がうまいはずがない。表情の統制がうますぎるということは、それだけ自分を抑え、いいこちゃんを演じてきた。そういう経験があるからこそだ。

ただ彼女の場合は、統制がうますぎて普通の人が見抜けないのも無理はなかった。けれど、よく観察していれば、その笑顔が本物なのかそうでないのかに気づくことができる。人の無意識というのは、相手が本心と裏腹なことを言ったとき違和感を感じる感性を持っている。だから、あなたが本気で観察していれば、なにか引っかかるものがあるはずだ。

観察ができるようになるためには、やはり観察を練習するしかない。人は言葉以外にも非言語でコミュニケーションを取っている。イライラしていたら貧乏ゆすりをするかもしれないし、甘えたいときは髪を触るかもしれない。不登校の子供たちに関わるときは特に、ボディランゲージから相手の心理状態を読み取ることが必要になる。

なぜなら、彼らは表情の統制がうまい上に、自分自身の情報を出したがらないケースが多いからだ。別の女の子のケースでこのことを説明しよう。彼女は勉強もできて友達も多い。けれど人と接することがあまり好きではなくて、自分から話をすることはほとんどない。

彼女に対して周りの大人達は、「〇〇さん、昨日家に帰って何してたの?」とか言う尋ね方をする。答えるわけないじゃん。見た目からしてどう見ても自分から話すタイプではない。であればこちらがこちらの話をしてあげればいい。彼女は僕が自分の話ばかりすると、次第に笑顔が増えるようになった。周りの人たちからはどうやってあんなに笑うようになったのか?と聞かれるが、僕は自分の話をしまくっているだけ。

観察が下手な人の特徴は、すべての人が自分と同じ性格であると考えてしまっていること。そんなわけないじゃん。人にはそれぞれ個性があり性格のタイプや特徴も違う。それぞれに適したコミュニケーションを取らなければ相手は心を開いてくれない。相手に適したコミュニケーションを取るためには、当然相手のタイプを見極めなければならない。だから、どうしても観察という行為が必要になる。観察ができてないと不登校をなんとかしようとする土台にすら立てていない。なぜそんなことがそのような行動をとるのか?そういう視点は絶対に必要だ。

ユーティライゼーション

観察に終わりなどない。ずっと観察し続けなければならない。けれど、ある程度相手のことがわかってきたら今度は相手を動かさなければいけない。例えば、不登校の子を持つ親であれば学校へ行かせたいと願うのは当たり前のことだろう。

不登校の子供たちを動かすためには、ユーティライゼーションという考え方が必要になる。これは抵抗を利用するということだ。臨床心理士の方であればミルトン・エリクソンをしっているだろう。彼の治療方針は常に中心にユーティライゼーションの考え方がある。

エリクソンのところにある女の子の患者がやってきた。彼女は自分のニキビのことで悩んでいた。ニキビがあるから男の子とも話が出来ないし人前に出るのが恥ずかしいし、ニキビのせいで人と接することができなくなっていた。

彼女はエリクソンにニキビがあることが、自分にとってこの世で1番恥ずかしいことだという説明をした。これに対してエリクソンは「ニキビが1番恥ずかしいのならば、あなたが裸でお風呂に入っているところ私が見ても恥ずかしくないですね」と答えた。

その後、彼女のニキビに対する恥ずかしさが薄れていったのはいうまでもない。これがユーティライゼーションということだ。彼女の抵抗を上手く利用して、問題を解決していく。問題を問題と捉えない考え方といえばいいかもしれない。

ユーティライゼーションを考えることができるようになるためには、「目の前の子が何に抵抗しているのか?」そして、「その抵抗をどのように利用できるか?」この2つのことを常に考えていく必要がある。これは一朝一夕で身につくようなものではなく、日々この2つのことを考えて訓練していく必要がある。

観察もユーティライゼーションも決して簡単な事では無い。僕自身も毎日訓練していても、まだまだ足りていない部分もたくさんあると思う。一生完璧になることはないと思う。けれど本気で不登校をなんとかしたいという思いがあるなら、やはり学ばなければならないし、日々実践でその力を身につけていかなければいけない。

あなたはものすごく思いはある人だと思う。思いがあれば必然的に技術が必要になる。ぜひ実践して子供たちの力になってあげてほしい。

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